
あなたにとって大切な存在は何ですか?
家族、恋人、友人、ペット・・・普段はあまり意識しないとしても、みんなそれぞれに愛情をかけるかけがえのない存在がいるはずです。
そしてそんな大切な存在と共に素敵な時間を共にすること。
きっと私たちの生涯において最も素晴らしい瞬間の一つです。
しかしそうした瞬間は残念ながら永遠には続きません。
命ある私たちは、例外なくいつかその生命の終わりを迎えなければなりません。
それはいずれやってくる自分自身の命の終わりであり、
また生涯において経験することになる、愛する対象の喪失体験という形でも私たちに迫ってきます。
大切な家族や恋人、友人あるいはペットの死。
その衝撃、死別の苦痛や悲しみ、喪失感は筆舌に尽くし難いものです。
私たちの人生に大きく影を落とすような悲痛な体験であることは疑いようがありません。
一方、そんなつらい体験を経ることで、私たちにはある種の成長がもたらされるとしたらどうでしょう?
厳しい表現かもしれませんが、悲しみの中にあっても私たちはそれぞれの毎日を生きるしかない。
どんなに打ちのめされても、時間は動き続け、望まなくても夜は明け日が昇り、毎日は過ぎていく。
そんな中で現実とうまく折り合いをつけていく力が私たちには備わっていて、そうした力をさらに獲得し成長していくことができるとしたら?
ここではそうした死別の苦痛や逆境をうまく向き合っていく力(レジリエンス)と、精神的・人間的な成長について考えてみたいと思います。
死別の苦しみとレジリエンス

「レジリエンス」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
近年使われる事が多くなってきた言葉のひとつで、どこかで耳にしたことがある人もいるかもしれません。
このレジリエンスとは一般に、
「生活や人生の危機、困難に直面したとき、そうした事態に柔軟に対応しうまく適応する過程や結果、その能力」という概念であるとされます。
ここでは死の苦しみとうまく向き合い、折り合いをつけていく力と言い換えることもできるかもしれません。
そんなレジリエンスを持った人は、死別の悲しみの度合いが比較的軽い傾向が見られます。
死別に伴う悲嘆の反応とレジリエンスに関する研究調査によれば、レジリエンスを持った人は、通常の悲嘆の反応とは異なるレジリエンスパターンというような反応を示す人がいることが分かってきました。
というのは、一般的には死別の体験をした人はその体験の前後いずれかの段階で、抑うつやストレスの反応が現れることが多いのに対して、このレジリエンスパターンではいずれの時期でも抑うつ・ストレスの度合いが低いという特徴がみられたのです。
もちろん、このようにレジリエンスパターンを示した人たちがまったく悲嘆を経験していないわけではなく、多くが日常生活に大きな支障のない範囲で悲しみや心理的苦痛を経験しています。
すると、こうした心理的ストレスや苦痛が少ないのは、故人との関係が希薄だったり、感情的に冷え切っていたからではないか?という疑問も起こります。
しかしながら上記の研究調査によれば、そうではないことが分かっています。
死別の悲しみやストレスを多少なりとも経験しながらも、実際は生前の良好な関係であったり、故人との良い思い出によって安らぎを感じ、それがレジリエンスを育み心の平穏さを保つ助けになっていたのです。
レジリエンスの獲得方法
そんなレジリエンスは、私たちが生きる中で獲得し鍛えていくことができるものです。
ではどのようにして獲得できるのでしょうか?
以下でその方法について考えてみたいと思います。
これらの方法を日常生活に取り入れることで、レジリエンスを徐々に高めていくことができます。レジリエンスは一朝一夕で得られるものではなく、日々の努力や習慣によって培われていきます。
・ポジティブで柔軟な思考を育て、養う
ネガティブな出来事に直面した際、物事の明るい側面を見つけるように努力します。
これにより、困難な状況を乗り越えやすくなります。
また状況が変化したときに柔軟に対応する力を身につけることが重要です。
これには、新しい視点を受け入れたり、問題解決のアプローチを変えたりすることが含まれます。
さらに、失敗や困難を単なる挫折として捉えるのではなく、学びの機会として捉えることも大切です。
これにより、次に同様の状況が起きたときに、より良い対応ができるようになります。
こうした心がけでこれまで気づかなかった、新たな可能性に気づくこともあるかもしれません。
このようなポジティブかつ柔軟な思考は、困難な出来事が起こった時にネガティブな面に飲み込まれることなく、自己を保ち現実と向き合うしなやかさを生み出すことにつながります。
このことがまさにレジリエンスであるといえます。

・自己認識を深め、ストレス管理の技術を学ぶ
自分の強みや弱み、感情のパターンを自己分析し、自分なりに理解することで、困難な状況における自己管理がしやすくなります。
また瞑想、深呼吸、運動など、ストレスを軽減する方法を学び取り入れることで、困難な状況に対処する能力が向上します。
そしてこのようなストレス管理には、日々の体調管理も含まれるでしょう。
十分な睡眠、栄養バランスの良い食事、そして定期的な運動は、精神的なレジリエンスを維持するために不可欠です。
・信頼できる人間関係を構築する
家族や友人、同僚など、信頼できる人々との強い関係を築くことは、ストレスを感じたときに支えとなります。
また、悲劇や困難と共に耐え抜いた人、同じ悲劇を耐え忍んだ人たちは固い絆で結ばれることがあります。
そうした中でお互いの信頼関係をはぐくみ、弱さをさらけ出せるような関係を構築すること、安心してお互いに頼り合えるようになることは、そのメンバーが困難や危機に直面した時に、強力な支えになるのです。
これは大切なペットと共に過ごした家族どうしの絆や結びつきにおいても同様でしょう。
大切なペットへの愛情という共通の心で結ばれた家族という共同体。
それは死別の悲しみを共に乗り越えるレジリエンスをもたらすものです。
こうしてみると、私たちにはレジリエンスというしなやかな力が備わっていて、それは経験を通じて鍛え成長させることができる、ということが分かります。
また同時に、死別や大きな困難・危機を通じて、そのような喪失体験に伴うストレスを消化できるだけの世界観や意味体系を心のなかに確立していくことも、レジリエンスの獲得につながるといえます。
そして様々な経験を通じて培ったレジリンスは、大きな死別の悲しみを抱え背負いながらもそれに押しつぶされることなく、自分自身の人生に再び向き合うための原動力になるのです。

死別とレジリエンスを知るための良書
死別の悲しみや大きなストレスと、それに向き合う中でレジリエンスを獲得できる、という事例は、
『OPTION B: 逆境、レジリエンス、そして喜び 』という本の中で克明に書かれているのでここで参考としてご紹介したいと思います。
これはフェイスブックCOO(最高執行責任者)を務めるシェリル・サンドバークと心理学者のアダム・グラントの2人による共著です。
シェリル・サンドバーグが2015人に夫を亡くし、その死別の衝撃と悲しみ、様々な困難や逆境、死別の痛みを乗り越え前に進もうとする過程を、レジリエンスというキーワードを軸に、当事者のリアルな表現で描いた一冊です。
とりわけ最愛の夫を亡くした痛みを生々しく綴る筆致は、悲嘆の深さとそれを受け入れ、立ち直っていくプロセスの困難さを鮮明に浮き彫りにしています。
また、そうした中にあって、ほんの少しずつでも辛い状況に向き合い、現実を受け入れ、自身の精神の再生と価値観の再構築を通じてレジリエンスを培っていく様子は、誰しもが経験する可能性のある出来事として読者の胸を打ちます。
『OPTION B』というタイトルは、困難な状況での次なる選択肢を表していて、危機的状況にあっても、それにしなやかに向き合い方向転換するレジリエンスという力の普遍性を読み取ることもできると感じます。
「レジリエンス」という言葉は日本語では1語に表せない概念ですが、本書を読むことで「レジリエンス」という言葉が表す概念や範囲を著者の実体験を通じて知ることができるのではないかと思います。
喪失体験を経ての人間的成長

ここまでみたように、レジリエンスは困難に向き合う姿勢や立ち向かい方に関わる心のしなやかさであるということが分かりました。
また、そのような困難な体験や心理的な危機を通じて、人間的な成長が見られることがあります。
そして困難や逆境のストレスにうまく向き合う心のしなやかさレジリエンスと、そうした苦痛を乗り越えた先の人間的・精神的成長は切り離された概念ではなく、相互に影響を及ぼしあっています。
レジリエンスが困難やストレスに向き合う力になり、そうした状況の中で獲得していく強さや成長が、さらに待ち受ける(かもしれない)逆境に向き合うための心の強さにつながっていくのです。
ここではその、「人間的な成長」とは一体どういったものなのかを見てみたいと思います。
・よりよい他者との関係をつくる
死別、喪失の体験は、残された人たちにとりお互いの人間関係の親密さが増すことがあります。
特に同じような体験をした人やそれに苦しんでいる人への共感や思いやりの気持ちを強く感じるようになると考えられます。
そうした気持ちから、たとえ見知らぬ他人に対してであったとしても、他者への配慮や気遣いを持って接することができるようになります。
・新たな可能性の発見
死別や喪失の体験は、私たちから可能性を奪い取ってしまうように感じられる一方で、それきっかけに、新たな興味・関心を持つようになることがあります。
これまでと違う新しい活動に取り組んだり、その結果新たな知識や技術を身につけたりすることで、人生の新たなステージを迎えることにつながります。
死別の体験、とりわけ事故や病気といった同じような経緯で別れを経験した人のなかには、同様の体験をして苦しんでいる人に手を差し伸べ、ストレスを共に乗り越える活動を始める人もいる、というのがその例として挙げられます。
・人間としての強さ
やや抽象的ですが、死別や喪失の体験を乗り越えようとする中で、自分が以前よりも強くなったと感じられる、ということがあります。
大きなストレスや心理的・精神的苦痛が伴う状況での苦闘のなかで、少しずつそれらに対処する方法を会得したり、困難から立ち直る力が知らず知らずのうちに身についていきます。
こうした強さは、前述のレジリエンスとも重なる、心のしさやかさであるともいえます。
・人生における意味を見出す
これまでの人生経験で培った価値観や自身の世界観といったものを大きく覆すようにも感じられる、死別や喪失体験の痛みですが、人生により大きな意味を見出すきっかけになる事もあります。
命がいつか尽きるという事を思い知らされることで、自分自身の命の意味や人生の価値を見なおしたり、家族愛や信仰についての新たな視点や価値観を見出したりするきっかけになります。
また、自分の仕事に対しても新たな捉え方をするようになるケースもあるようです。
仕事に対し、日々追われるものから、自分が誰かの役に立っていると実感することができるものと感じられるようになれば、精神の消耗が和らぎ、喪失の苦痛さえ軽減することができるということも明らかになってきました。
・人生に対する感謝
失ったこと、喪失の体験から、これまで当たり前と感じていたことに対して感謝を覚えるということです。
私たちも日常的に、たとえ何か小さなものごとであっても、失って初めてその大切さに気付くということがあると思います。
同様に、死別に伴う衝撃的な痛み経験から、自分がこうして生きていること、自分自身の人生を過ごすことができることに対して感謝の気持ちが芽生えることがあります。
死別や喪失体験は、私たちの人生においてとてつもない衝撃をもたらす出来事として私たちに襲い掛かり、強烈な精神的危機とストレスをもたらすものであることは否定できません。
絶望感は私たちから気力や、生きる意味さえ奪いかねないインパクトをもたらすものでもあります。
一方でここで挙げたように、そうした苦痛の体験を通じて乗り越えていこうとする中で、私たちは人間的な成長を遂げていくことができます。
死別や喪失の悲しみや苦痛は深く私たちの心に襲いかかるぶん、価値観を大きく変貌させるような大きな成長が私たちの中に起こる可能性もあると言えるのではないでしょうか。
そして得た強さは、後の私たちの人生においても有益なものとなり、私たちの未来に深みをもたらしてくれるものになるはずです。
ペットの死が私たちに教えてくれる強さと成長

ここまでは、死別・喪失の体験や困難に向き合う力としなやかさであるレジリエンスについて、
そしてそうした経験を通して私たちが学び、気づき、獲得する成長についてみました。
では愛する家族の一員、ペットの死についてはどうでしょうか?
大切な存在との別れ、愛するペットとの死別の悲しみや喪失感の深さは人生においても相当の衝撃をもたらすもののはずです。
やはり大きな衝撃を私たちに与え、死別のストレスや悲嘆は個人差こそあれ、少なからず続いていくことは避けられません。
しかしそうした中でも、わたしたちはその死からも何かを与えられ、教えられることがあります。
かけがえのないペットたちの命が、その死をもって私たちに残し教えてくれるもの。
それは命の尊さやたいせつさ、他者への共感性、人間的な成長、沢山の思い出、共に過ごした素敵な時間と体験、家族になってくれた大きな感謝など、数えきれないのではないかと思います。
愛する対象の喪失、死は恐るべき勢いで否応なしに私たちを悲嘆と喪失の中に飲み込みます。
真っ暗な暗闇の中息もできないような苦痛にさいなまれるかもしれません。
とても信じられないかもしれませんが、そんな中でも私たちは、少しずつもがきながらも前に進み、少しでも浮上し、つらさに耐え向き合う強さを身につけていくのです。
それが私たちの人間的な成長であり、レジリエンス(=困難に向き合い生きる力)を獲得するなかで心の強さも培っていくということです。
そしてきっといつか闇を抜ける時がやってきます。
その時には、私たちは大きな心の成長を遂げ、たくさんの学びと感謝の気持ちを携えて、
再び新たな人生のステージを迎えていきます。

参考文献
坂口幸弘.悲嘆学入門 死別の悲しみを学ぶ.昭和堂,2010
濱野佐代子(編著).人とペットの心理学 コンパニオンアニマルとの出会いから別れ.北大路書房,2020
シェリル サンドバーグ , アダム グラント (著), 櫻井 祐子 (翻訳).OPTION B: 逆境、レジリエンス、そして喜び.日本経済新聞出版社,2017
ペット愛葬社 石郷岡
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